Endless Game
「あ・・・ふ」
今まで何度か我慢していた欠伸がとうとう我慢しきれずに隣のブラッドの耳に届いた。
いつまでも終わりを見せなかったルールなしのポーカーゲームに慣れてきて、口論以上に発展する勢いを他所に、睡魔がアリスを支配していた。
「お嬢さんは退屈してきただろう?」
目ざとくアリスを悟ってブラッドが声を掛けた。
「んー、退屈じゃなくって・・・眠い、かも」
煙草の煙と欠伸のせいで目にいっぱい涙を溜めたアリスは目をこすりながら正直に言う。
「部屋に戻るか、アリス?」
ブラッドを隔てて、腹心のエリオットは心配そうに耳を垂らしてアリスに声を掛ける。
「・・・そうした方がいいだろうな。離席しなさい。」
そう言うが早いか、エリオットが立ち上がろうとする前にブラッドは傍にいたメイドにアリスを部屋まで送るように指示を出した。
「・・・?ん、ありがとう」
いつもならエリオットが部屋まで送ってくれるはずであったのに勝手が違って、アリスは一瞬躊躇いながら、そしてエリオットも不思議そうにブラッドに目を向ける。
「悪いな、お嬢さん。まだこいつを解放するわけにはいかないんだ」
アリスとエリオットが抱いた僅かな違和感にブラッドは即座に答えて、アリスもエリオットもただ頷くばかりだった。
退席するアリスの背中を眺めながら、エリオットはブラッドに耳打ちした。
「・・・ブラッド。何か問題でもあるのか?」
そう訊ねるエリオットの纏う空気はアリスが居た時とは全く別のものに変わっていた。
エリオットの雰囲気とは裏腹にブラッドは至って平静に葉巻の火をもみ消し、そして口角を持ち上げた。
「いや・・・お前達のゲームの進展を聞こうと思ってな、エリオット」
隣のブラッドの言うことの意味が掴めずにエリオットはまじまじとブラッドを見る。
「傍から見れば至極楽しそうなゲームなのに、私は参加できないらしい」
わざとらしくため息をついてカードに目を落としたブラッドの意図が掴めずにエリオットはまだ視線を隣の男に向けている。
「あんたが参加出来ないゲームなんてないだろ」
この世界で指折り数えるほどの勢力を持つ、帽子屋ファミリーのボスなら彼自身が拒否こそするものの、どのゲームにも参加出来るはずだとエリオットは思う。
「何のゲームだよ、ブラッド?」
耳を擡げて考えるエリオットをそのままにブラッドは続けた。
「ああ、私にもゲームのルールが分からないんだ。落とした方が勝者なのか、敗者なのか・・・」
「そりゃ落ちた奴が負けに決まってるだろ。で、一体なんのゲームなんだ?」
ブラッドが場に出したカードを目で追いながら、エリオットは問う。
「そうか。ではお前が勝者ということになるな、エリオット・・・上手いことお嬢さんをモノにしたんだろう?」
ブラッドが囁いた言葉に、出されたカードの役を確認して声を上げようとしたエリオットの表情が凍った。
「・・・どうした、エリオット?」
何食わぬ顔で自ら葉巻に火を点したブラッドの表情とは対称的にエリオットの顔から血の気が失せていた。
「悪ぃけどあんたには関係ねぇことだ」
髪を掻き上げて視線を逸らしたエリオットにブラッドは目を細めて続けた。
「ああ、そうだな。うちの客人と私の腹心の情事など屋敷の主である私の知ったことではないさ」
「だから・・・っ」
「まして可愛いお嬢さんの初めての相手がお前だったなど私には関係のないことだな、エリオット」
口角を持ち上げて薄く笑みを浮かべたブラッドの瞳の奥に鈍い光が灯る。
「あんた、まさか・・・アリスのこと・・・」
ぞわぞわと背筋を伝う悪寒にエリオットは躊躇しながらも話の中心人物の名を上げる。
「面白い事を言う・・・面倒事が嫌いなのは知っているだろう?」
「・・・そうか・・・だったら」
安堵しようとしたエリオットを遮ってブラッドは続ける。
「初モノなんて面倒事の何物でもない」
周りに今日はお開きだと告げるブラッドの声をエリオットは他人事のように聞き流す。
アリスのことが話題になってから微動だにしなかったエリオットもやっとのことで状況を把握し、椅子から離れた。
半ば呆然とブラッドの後を付いていくエリオットにブラッドは低く笑って呟いた。
「ああ、だがもうお嬢さんは違うらしいな、エリオット」